“What time is it now?”は「掘った芋いじるな」で通じる?!

(第179号、通巻199号)
    “Hepburn”が「ヘボン」、「ヘップバーン」と両用の書き方で表記されている、と前回紹介したところ、似たような例が他にもないか、という問い合わせがあった。ぱっと思い浮かんだのは、「ラムネ」と「レモネード」の関係だ。
    ラムネは、今のように清涼飲料水の種類が豊かでなかった私の子どもの頃は夏の貴重な美味しい飲み物だった。瓶の上から三分の一ほどの部分がくびれ、そこにビー玉のような栓が入っている炭酸飲料水だ。1853年(嘉永6年)、ペリー提督率いる米国の艦隊が横須賀の浦賀に来航した際、日本にもたらされたといわれる。英語では“lemonade”。この発音が訛ってラムネとなった、というのが通説だ。
    レモネードと表記した場合は、レモンの果汁に砂糖、水などを加えた飲み物を指す。ラムネと言うよりも英語の発音に近いような響きがあり、中身もちょっぴりしゃれた大人の飲み物という印象が強いが、ラムネの方は庶民の子ども向きの飲み物という感じがする。
    布地などを縫う「ミシン」も耳から入った発音に忠実な部類だろう。 “sewing machine”(縫う機械)の頭の単語が抜けて“machine”となったものだが、「マシーン」ではなく「ミシン」という言い方で伝えられてきた。現代英語では“machine”だけで「(布などを)ミシンで縫う」という動詞の用法もある(『ロングマン英和辞典』)。
    Hepburn”などとは逆に、字面に引きずられた読み方のほうが先だった言葉に“iron”がある。衣類などのしわを伸ばす道具は昔から「アイロン」と呼び習わされてきたが、ゴルフが大衆スポーツ化すると原語では同じ“iron”が「アイアン」と発音されて広まった。ウッド(木製)のクラブに対して「鉄製」のクラブというわけだ。
    「ボレー」と「バレーボール」の関係も面白い。テニスやサッカーのボレーは英語の“volley”からきている。バレーボールのバレーも実は同じ“volley”と書く。元々の意味は「(弾丸・矢などの)一斉射撃」を指した。先に打った弾が落ちないうちに次から次へと打ち出す、言い換えれば、ボールが地に着かない間に打ち返すことだ(『スーパー・アンカー英和辞典』)。発音が片や「ボ」、片や「バ」と違うのは英音と米音の違い。バレーボールは米国で生まれた競技なので、米国式の発音で日本に伝わったものと思われる。
    ここで登場するのが、標題の“What time is it now?”である。NHKテレビの教養バラエティの人気番組「英語でしゃべらナイト」で見たことがあるのだが、米国だったか英国だったか、ともかく人通りの多い街角で道行く人に「掘った芋いじるな」と早口の日本語で言うと、きちんと英語の答えが返ってきた(例えばIt’s three.という具合 )。つまり、“What time is it now?”と聞き取ってくれていたというわけだ。
    このような「実用英語」で有名なところでは、タクシーで目的地に着いた時に「揚げ豆腐(“I’ll get off”=降りる)」、入国審査で旅行目的を係官に聞かれて「斎藤寝具(Sight seeing=観光)」と言えばいい、などいくつかの傑作がある。間違って「進藤寝具」と答えて通じなかったという笑い話も残っているが、そこはあまり厳格に考えず「適当」に(Take it easy)いこう。