内閣支持率を調べるのは「よろん調査」か「せろん調査」か

(第156号、通巻176号)
    政権発足100日を節目に鳩山内閣の支持率について、マスコミ各社の世論調査の結果が相次いで発表された。いずれも内閣支持率の急降下を示しているが、このブログで今回取り上げるのは、調査結果ではなく、「世論調査」の「世論」という言葉についてである。
    まず読み方。「よろん」とも「せろん」とも言うが、NHK放送文化研究所が平成に入ってから行ったアンケートによると、「よろん」と読む人が63パーセント、「せろん」が34パーセントだった。また、数年前に文化庁が調査した結果では、おおざっぱに言って「よろん」派対「せろん」派の割合は7対2だったという。
    「よろん」が多数派ではあるが、漢字表記は、元々は「論」ではなく「輿論」だった。発音は「よろん」。女性が結婚などによって富裕な身分になることを「玉の輿(こし)に乗る」といい、お祭りの時、神体を載せてかつぐ屋形を「お神輿(みこし)」という、あの「輿」である。「こし」は訓読みだ。
    元来の意味は、乗り物、車を指していた。漢和辞典の名著『字通』(白川静著、平凡社)には、「車をかつぐ人を輿人(よじん)、その言うところを輿論として、民衆の声とされた」とある。つまり「輿論」(よろん)とは、「世間一般の人々に共通した意見」(『岩波国語辞典』第7版)を意味する。
    一方で、「世論」と書いて「せろん」あるいは「せいろん」と読む言葉も昔からあった。あえて「よろん」と区別しない辞書もあるが、前述の『岩波国語辞典』は「世間一般での風説や議論」と記述している。「よろん」の方を“public opinion”(公的な意見)、「せろん」を“popular sentiments”(世間の雰囲気、市民感情)と、英語を使って意味の違いを説明する向きもある。
    なぜ「輿論調査」が「世論調査」に変わったのかというと、当用漢字表のせいだ。漢字を制限するため1946年(昭和21年)に内閣告示された当用漢字表に「輿」という漢字が入らなかったのである。この告示で使用漢字を規制された新聞社としては困ったにちがいない。筆者の昔の勤め先で世論調査を担当している後輩の話によれば、似たような意味を持ち、「よ」とも訓読みできる「世論」という漢字を転用して大手の新聞2社が「世論調査」と使い始めた。これがきっかけでマスコミから一般に広まった、という。
    さて、鳩山内閣にとって寅年はどんな年になるのか。虎の威を借りて「苦境」を切り抜けるのか、虎の尾を踏んでしまうのか、それとも第三の道があるのか。まさに正念場だ。世の人々の多数が今の車に満足しているのか、あるいは別の車に乗り替えたがっているのか、本来の意味での「輿論」次第である。