「幕間」の本来の読み方

(第154号、通巻174号)
    
    来年4月の公演を最後に建て替え工事が始まる東京・東銀座の歌舞伎座。「さよなら公演」と銘打って今年初めから名作の出し物が続いているが、横浜から貸し切りバスで行く格好の観劇ツアーがあったので、話のタネに、と参加してみた。全体的にはなかなかいい企画だったのだが、気になったのはバスガイドの案内。歌舞伎座でのスケジュール説明で、再三再四「まくま」という言葉を繰り返したのだ。漢字で書けば「幕間」。本来は「まくあい」と発音すべき芝居用語である。
    
    「幕間」のことを「まくま」と誤解している人は少なくない。その傾向が最新刊の辞書にも反映し、規範意識の高いことで知られる『岩波国語辞典』第7版に「軽演劇や映画などで俗に〈まくま〉とも言う」と条件付きながら採録された。この記述はしかし、今のところでは突出した例外的な扱いだ。『大辞林』第3版(三省堂)や『現代国語例解辞典』第4版(小学館)は「まくま、は誤読」と断じ、開明派の『明鏡国語辞典』(大修館書店)でさえ「まくま、は避けたい」と注記しているのである《注1》。
    
    そもそも幕間とは、芝居や映画などで「一つの場面が終わって次の場面が始まるまでの、舞台に幕が引かれている間。また、一つの芝居が終わって別の芝居へ移る間」(『大辞林』)を指し、江戸時代から「まくあい」と言ってきた。J.C.ヘボンの『和英語林集成』(初版1867年=慶応3年)にも「マクアイ 幕間」とあり、“between the acts of a play”と英語での語義が示されている。それが、よりによって伝統を重んじる歌舞伎の観劇ツアーで「まくま」と言われては興ざめしてしまう。
    
    「まくま」と誤って読まれることが増えてきたのは、戦後の当用漢字音訓表から「間」の訓読みの「あい」が外されたのが一因とみられる。今では「間」の漢字を見れば、たいていは「ま」か「あいだ」あるいは「カン」の読みしか思い浮かべないだろう。私もその一人だが、「幕間」以外に「間」を「あい」と読む例が実はよく使われる言葉にあるのだ。
    
    たとえば、山間と谷間の2語。山間部と言う場合は「さんかん」だが、単独では「やまあい」とも言う。谷間はもちろん「たにま」で間違いないが、「たにあい」とも発音する。いずれも、後者の発音の方が大和言葉のせいか柔らかい響きがする。
    
    また、夏と冬の間に着る「あいぎ」や「あいふく」も「間」という漢字を使う。これはこのブログを書くために調べているうちに初めて知ったことなのだが、元々は「合着」「合服」と書くのではなく、「間着」「間服」と書くのが普通だったという。ついでに言えば、将棋用語の「合駒」(あいごま)も、飛車・角・香車に王手をかけられた時、防御のため相手の駒の利き筋の間に駒を打つことから「間駒」とも表記する、と大辞典に載っている。「間(あい)の手」を入れるいとまもないほど例が多いのには驚いた《注2》。


《注1》 岩波書店広辞苑』は、第5版では「まくま」の項で「まくあい、の誤読」としていたが、第6版になると「まくま」の項に「まくあい」を見よ、と一部現状追認している。しかし、『新明解国語辞典』第6版(三省堂)は、「まくま」の読みを一顧だにしていない。
《注2》 この場合は、「合いの手」という表記の方が一般的だ。