「破天荒」=「未曽有」とは

(第141号、通巻161号)
     並外れた、豪快な、破れかぶれの、荒っぽい、奔放な……。「破天荒な人間」というと、こんなイメージを抱く人が多いのではあるまいか。「破」「天」「荒」。一文字、一文字の字面につられるせいにちがいない。現に、私がそうだった。ところが、各種の国語辞書をあたってみると、「破天荒」の本来の意味はまったく違うところにあった。
    辞書を引いたのは、今月5日付けで各紙朝刊の掲載された文化庁の「国語に関する世論調査」結果の記事を読んで「おやッ」と意外に感じたからだ。この調査《注》は、平成7(1995)年以来、文化庁がほぼ毎年行っているが、今回の調査で興味をそそられたのは、「彼の人生は破天荒だった」という短文の意味についての設問と答えだ。1)だれも成し得なかったことをすること、と答えた人が16.9パーセント、2)豪快で大胆な様子、とした人が64.2パーセントだった。本来の言い方、つまり正解は1)だという。ほとんどの回答者が意味を取り違えていたわけだ。
    辞書によると、「天荒」とは、天地未開の混沌とした様子とか、荒れ地・不毛の地の意、とある。破天荒という成句には、そんな「天荒」を破った、偉業を成し遂げたというプラスの意味合いが込められているようだ。だから「破天荒の快挙」とか「破天荒の試み」などと用いられる。『明鏡国語辞典』(大修館書店)を主体にいくつかの国語辞典の語釈を参考に分かりやすくまとめると、以下のようになる。
    唐の時代、難関で名高い中国の官吏登用試験に荊州(けいしゅう)からは合格者が一人も出なかったので、その地は「天荒」と言われていたが、やがてついに劉蛻(りゅうぜい)という人物が合格したとき、人々は天荒を破ったと言ったという。この故事が転じて「今までだれも行なえなかった事を成しとげること。前例のないこと。また、そのさま」を意味するようになった。多くの辞書では、同義語として「未曽有」「前代未聞」を併記している。
    しかし、それだけではなく、実際の言語生活では「破天荒」一語でさまざまな意味を表している。私自身は「型破りの」という意味にスケールの大きさを加味して使っている感じがするが、人によっては、型破りの、突拍子もない、痛快な、途方もない、などの意味で用いていることも多いのではあるまいか。それがまさか「今までだれも行なえなかった事を成しとげること」が本来の意味だとは。改めて原点の語義に立ち帰らなければならない。
    事のついでに。「未曾有」といえば、麻生太郎首相の誤読問題で一時は「時の言葉」になったが、一国の総理が自国語の基礎的な教養を問われたのは、前代未聞のことだろう。もちろんマイナスイメージの意味で。だから、この場合はたとえ同義語でもプラスイメージの強い「破天荒」を使うのはふさわしくない。

《注》 文化庁ホームページ(http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/yoronchousa/h20/kekka.html