「検疫」の語源の数字と『聖書』の中の「40」との関係?!

(第123号、通巻143号)
    メキシコに端を発した新型インフルエンザに関連して「検疫」のあり方が様々な形でニュースに取り上げられている。先週金曜日(5月8日)のテレビ朝日報道ステーション」では、ゲストコメンテーターの月尾嘉男東大名誉教授が検疫という言葉の由来について興味深い史実を紹介していたので、百科事典や歴史関係の本などで確かめてみた。関連する言葉をネットでも検索したのは言うまでもない。
    その結果――検疫とは、辞書的に定義すると「外国から来る感染症・伝染病や害虫などを予防するために動植物などを検査し、隔離や消毒などの必要な措置をとること」(三省堂新明解国語辞典』第6版)になる。英語では、検疫も隔離も‘quarantine’という。この語源は、ちくま学芸文庫『英語・語源辞典』(宮本倫好著)によれば、「イタリア語の‘quaranta’(=forty)に発し、中世に流行病地区から来た旅行者は皆、40日間隔離され、異常がないかチェックされたことに由来する」とある《注1》。月尾氏の言う通りだった。
    『クロニック世界全史』(講談社)やウェブサイト《注2》などの記述を参考に補足すると、1347年の黒死病の大流行《注3》を教訓にイタリアのベネチア当局が取ったのが文字通りの「水際作戦」だった。疾病の流行している地域から来航した船はすぐに入港させず、疾病の潜伏期間と考えられる40日間、港外停泊させることにしたのである。この「40日間隔離」がヨーロッパ各地に広まったことからイタリア語の‘quaranta’が多くの国で「検疫」の語源になった、という。
    「40」。この数字の連想から数週間前に衛星第二テレビで見た往年の映画『十戒』(3月31日放映)を思い出した。旧約聖書の「出エジプト記」を題材にした超大作。チャールトン・ヘストンユル・ブリンナーが出演し、紅海が割れて道ができる場面でも有名だが、いくつかのシーンに「40」という数字が出てきたのが妙に印象に残っていたのである。
    二、三例を挙げると、モーゼが十戒を刻んだ石板を受け取るためシナイ山にこもった期間が「40日間」、あるいは、それ以前にモーゼが民を率いて荒野をさまよっていたのが「40年間」。キリスト教関係者には自明のことであろうが、『聖書』の中には他にも四旬節(受難節)やノアの大洪水、荒れ野でのイエスの断食、など「40」という数字で表現される事象が多い。キリスト教では、特別に意味のある数字のように思われる。
    ひょっとして、検疫の「40日間」も聖書に関連したものなのかもしれない、と突飛な考えが浮かんだ。下記に参考文献として挙げた『聖書の暗号』(新潮社、マイケル・ドロズニン著)に目を通すと、聖書には数字の謎が数多く散りばめられているからだ。が、門外漢の思いつきを裏づける資料は、今回駆け足で私が調べた限りでは見つからなかった。単なる偶然に過ぎないのだろうか。それにしても気になる「符合」である。


《注1》 同辞典は、この言葉が現代の国際政治の世界でも使われたことがある、として「1962年、ケネディ大統領がキューバへのソ連(当時)のミサイル持ち込みに対して、キューバ周辺に艦船を配置し、接近する艦船を臨検した。いわゆるキューバ危機だ。大統領はこの措置を‘quarantine’(隔離)と称した」と解説している。
《注2》 フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』  (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A4%9C%E7%96%AB) 
《注3》 『クロニック世界全史』には、「1347年10月、シチリアのメッシナに黒い犬の姿を借りて悪魔が現れ、市民の肉体に深い傷を与えた。これが不吉な前兆の一つだった」という趣旨の記述があり、1348年から1349年末までに黒死病のためヨーロッパ全体で3人に1人が犠牲になった、という。文献によっては、全人口の半分が亡くなった、という説もある。
《参考文献》 『聖書』(日本聖書協会)、『小説「聖書」旧約篇』『小説「聖書」新約篇』(共に徳間書店、ウォールター・ワンゲリン著)、『旧約聖書物語』(新潮社、犬養道子著)、『旧約聖書物語』(読売新聞社、北森嘉蔵著)、『聖書の暗号』、『詳説世界史研究』(山川出版社)など
【謝辞】 当ブログへのアクセスが5月11日午前8時半過ぎに18万pv.(ページビュー)を超えました。また、この1週間のアクセス数も2,600台を記録しました。ご愛読してくださっている皆様に改めてお礼申し上げます。