たかが「本」、されど「本」――鉛筆から論文まで守備範囲広い助数詞

(第90号、通巻110号)
    台風一過の翌日はサーファーにとって絶好の波乗り日である。関東地方を直撃するかと思われていた台風13号が上陸せず通過した先週末、湘南海岸は大勢のサーファーで賑わった。新聞に載った航空写真を見ると、海岸線に平行してほぼ一直線に延びた大波が岸辺に向かい、その白く光る波の先端のあちこちで何人ものサーファーがボードを操っていた。波の数をかぞえるのにサーファーは「1本、2本……」と表現するという。
    サーフィンと並ぶ海の人気スポーツにスキューバダイビングがある。職場の同僚のダイビング愛好家に、これまで何回潜った経験があるか尋ねたところ、「15本」とか「120本」とかいう答えが返ってきた。潜った回数は「〜本」で表わすのだという。
    助数詞としての「〜本」は基本的には細長いものを数えるのに使われる。スキューバダイビングの回数を数えるのにはしっくりしない感じがしたが、「潜る時に背負う酸素ボンベの形からきているのではないか」と同僚の説明を受けて納得した。
    数え方といえば、「たんす一棹(さお)」、「ウサギ一羽」、「掛け軸一幅」などの伝統的な言い方は今や死語になりつつあり、入れ替わるように「1個」や「一つ」の安易な乱用ぶりが目立ってきた。年齢や学年を比べる時、若い人たちの会話では「姉とは1歳違い」とか「いとこは1学年下」とか言うべきところを「歳はイッコ上(ひとつ上)」、「学年はイッコ下」と口にするのが普通だ。たいていのことは「個」で済ませてしまうのである。
    「本」の用法は上述の「個」のような安易な簡便化とは違い、本質的に奧が深く、それでいて幅広い。鉛筆、樹木からビール(瓶)、井戸、映画、スキーのジャンプ、電車など乗り物の運行数、脚本、記事、コンピューターのソフト、論文……まで。数え方はすべて「〜本」である。あるいは「息子は家を出てから半年になるのにはがき1本寄こさない」とか「オリンピックの柔道で全て1本勝ちで勝ち進む」とか。守備範囲の多彩さは驚くほどだ。 
    一般的に日本語の助数詞は約500語あるといわれるが、『数え方の辞典』(小学館飯田朝子著)には、助数詞ないし助数詞と同じ働きをする名詞合わせて約600語が挙げられている。この辞典は、数える対象となる名詞項目約4600語についてどのような助数詞を用いているかを用例付きで調べた労作である。
    その辞典をざっと見たところでは、「一つ」「1個」と並んで「1本」を用いるケースが多いようだ。文春文庫『お言葉ですが…』シリーズ(高島俊男著)の第9巻『芭蕉のガールフレンド』にも、助数詞の「本」が取り上げられている《注》。ユニークな卓見を交えた面白い分析で、当方とは格が数段違う。一読して完全に「一本」取られた思いがした。


《注》 助数詞「本」について『数え方の辞典』は用法を細かく11項目に分類しているが、『お言葉ですが…』では大きく3項目にしぼっている。要点だけ紹介すると、1)目にみえる細長いモノを数える。鉛筆、電柱、ヒモ、帯など 2)出発点から到達点まで1本の長い線上を進んで行くと観念されるものを数える。手紙、はがき、電報、電話、汽車電車など 3)行為・成果・仕事を数える。論文はこれに属する。モノではない。スポーツで相手に与える打撃をもいう――という内容だ。

《参考サイト》 「日本語教育における助数詞の扱いの問題点」(http://www.gsjal.jp/komiya/dat/kitagawa01.pdf