「なので」といきなり言われると「わたし的には」違和感を覚える

(第77号、通巻97号)
    前回取り上げた「わたし的には」のほかにも最近気になる言葉遣いがある。「文頭のナノデ」とでも呼ぶべき用法だ。例を挙げれば、「このところ、とても忙しいんです。なので、ちょっと予定が立てにくいんです」、「昨日は仕事が休みでした。なので、ふだんよりゆっくり寝ていました」といった使い方をいう。「なので」を独立した接続詞として扱っているわけだ。
    ふつうの国語辞典には、わざわざ「なので」は立項していない、つまり見出しに出していない。そんな中で『大辞林』第3版(三省堂)《注》は珍しく「なので」を見出しに立てて「…だから。…であるので」との語釈を示し、「雨なので中止にした」、「静かなので読書に適している」という例文を添えている。
    あえて上述の文例を説明すると、「…なので〜する」、「…なので〜だ」というように、「なので」は文の途中に置くのが本来の正しい用い方だ、ということを示している。
    「文頭ナノデ」の用法に私が書き言葉の中で初めて気づいたのは3年前のことだ。ある国際的なイベントの裏方をボランティアで手伝っている時に、コンベンション会社の教養豊かな若い女性社員が「…です。」という文の後、改行して文頭にいきなり「なので〜します。」と書いたメールを送ってきた。話し言葉ではともかく、文章では意外だった。
    この語法はしかし、ちょっと注意して見てみるとずいぶん広まっているようだ。今年2月28日付けの東京新聞こちら特報部」。「進化中『なので』許して!?」という見出しの特集記事によれば、NHKの大河ドラマ篤姫」のせりふにもあった(2月24日放送)という。手元に台本もなければ、録画していたわけではないので、確認はできないが、東京新聞から引用すると――
   [ 尚五郎 「お城へ? お近様がですか?」  お近 「はい。なので、姫様にお届けの品がありましたら、お渡しできるかと存じます ]
    NHKと言えば、教育テレビの囲碁講座テキストに番組の司会者・女流棋士青葉かおり4段が連載しているエッセイがある。発売中の7月号で青葉4段は、囲碁界で先輩というのは年齢ではなく入段順で、先輩が後輩に食事をおごるという慣習がある、と書いた後に「私が入段した当初、当然一番下なので、あらゆる先輩がおごってくれました。なので、先輩と見れば近づいていってにっこり挨拶をします」とユーモラスな筆致でつづっている。これもまた「文頭ナノデ」文の一例だ。
    接続詞として「だから」や「ですから」という言い方が以前からあるのに、どうして「なので」が新たに使われるようになったのか。前回と同じく『問題な日本語』(大修館書店)にあたってみたところ、次のように説明している。
   [ 「だから」では、理由をゴリ押しする感じがするが、「ですから」では、畏まり過ぎるか気取り過ぎる、というので、「なので」の出番となったのでしょう。 ]
    とは言え、辞書はまだ認めていないだろう、と思っていたらまたも裏切られた。今度は、『三省堂国語辞典』ではない《追注1》。同じ三省堂の『新明解国語辞典』第6版(三省堂)』だ。「口頭語」と断りながらも「接続詞」と認め、「前に述べたことと、それを原因・理由として導かれる帰結とを結びつけることを表わす。『外で食事を済ませてきた。なので今は何も欲しくない』と、語釈と並べて「文頭ナノデ」の例文を挙げているのである。
    私が調べた限りでは、「文頭ナノデ」を認知した辞書は「新解さん」だけだ《追注2》。その「新解さん」も、実は第5版までは「文中のナノデ」ですら立項していなかった。ましてや「文頭ナノデ」を使うのは現時点でもまだ避けるべきだと思うが、しかし、いずれ口頭語から文章語にも用いられるのが普通になってしまうのだろう。


《注》 『大辞林』の文法的な解説によれば、「なので」は助動詞「だ」の連体形または形容動詞の連体形語尾「な」に、原因・理由を表わす接続助詞「ので」の付いた連語。『日本国語大辞典』第2版(小学館)の語構成についての説明も同じだが、「文頭ナノデ」の用例はない。

《追注1、2》 不注意による見落としだった。『三省堂国語辞典』第6版を見直したところ、接続詞としての「なので」が収録されていた。「(前を受けて)そうであるから。だから」の語義に続けて「準備万端整えた。なので心配していない」という周到な用例まで添えられていた。まことにうかつでした。《追注》の形で訂正します(7月17日記)。

【謝辞】 当ブログは、6月23日夜にpv(ページビュー)が8万アクセスを超えました。愛読者の方々から、あの言葉を取り上げるべきではないか、あんな言葉遣いはおかしいのでメスをいれてほしい、などという提案やリクエストも増えてきました。非力ですが、出来る範囲でご要望にお答えしたい、と思います。