「先斗町」と「有平塘」の意外な共通項

(第41号、通巻61号)
    標題にある「先斗町」は、改めて言うまでもなく京都の有名な花街であり、代表的な観光スポットでもある。もう一つの「有平糖」は飴菓子の一種だ。一見、互いに関係なそうなこの二つの語の間に、実は隠れた共通項があるのである。

    有平糖を製造販売している菓子店は全国各地にある。だから、先斗町ならではの銘菓というわけではない。結論を先に言えば、どちらもポルトガル語由来の日本語ということである。

    それを知るきっかけになったのは、「第二の職場」で、はるか年下の女性スタッフがつぶやいたひと言だった。リタイア後、思わぬ巡り合わせから突然再び「通勤定期」を使うことになって間もないある秋の日の午後のこと。差し入れの「おやつ」のお相伴にあずかった。おやつの袋に小さく印刷してあったのが「有平糖」という3文字だった。「これ、なんて読むのかしら」。

    「ありへいとう」「あるへいとう」「ゆうへいとう」。最初に小当たりした国語辞典には、どの読みも載っていなかったので、帰宅してから何冊かの辞典類《注》を調べてみた。その結果、「アリヘイとう」ということもあるが、一般的には「アルヘイとう」と読むことが分かった。「とう」だけはひらがな、「アリヘイ」「アルヘイ」がカタカナで表記されているのは、砂糖菓子という意味のポルトガル語“alfeloa”からきた言葉だからだ。つまり、「有平」は当て字ということになる。

    ポルトガル語から日本語になった言葉と言えば、カステラ、金平糖、天ぷら、カルタ、タバコ、合羽(カッパ)などが思い浮かぶ。どれも日常生活によくとけ込んでいる。私がもっとも驚いたのは、襦袢(ジュバン)だ。和服用の下着(肌着)までもが、胴衣(チョッキ)の一種を示すポルトガル語が語源なのだという。「有平糖」の読み方を知るために始めた語源探索の寄り道でたまたま見つけた新知識だ。
    同様に、日本的な響きの強い先斗町(ぽんとちょう)の「先斗」がポルトガル語由来の地名とは夢にも思わなかった。しかし、『大辞林』第3版(三省堂)の「先斗町」の項には、はっきりと「ポルトガル語のカルタ用語の“ポント”(先端の意)からの名という」とある。一説には、京の町の端にありながら流行の先端を走ってきたことから、ともいわれる。

    漢字は別格として、現在、外来語といわれるのは英語から入ったものが圧倒的に多いだろう。しかし、中世の日本で今の英語の位置を占めていたのは誇張して言えばポルトガル語だった。1543年、種子島ポルトガル人を乗せた中国の船が漂着したのがきっかけで、キリスト教や鉄砲の伝来、食文化など様々な分野でポルトガルとの交流が深まるにつれて、ポルトガル語もどっと流入して長い間に日本の生活文化と同化、すっかり“日本語”と化したというわけだ。

    言葉は、文化と密接に結びついている。「先斗町」と「有平塘」は、その歴史的な証(あかし)の一つとも言える。


《注》 『日本国語大辞典』第3版(小学館)、『大辞林』第3版、『岩波国語辞典』第5版、『新明解国語辞典』第5版(三省堂)、『現代国語例解辞典』第4版(小学館)、『日本語源大辞典』(小学館)、『和英語林集成』(J.C.ヘボン著、講談社)など。
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