「天地無用」は「上下」だけの問題なのか 

(第40号、通巻60号)
    通信販売で購入した家電製品が先日、宅配便で届いた。段ボールの外側に「天地無用」とあった。もちろん、これは人気アニメのタイトル『天地無用!』の方ではなく、引っ越し荷物などの外側によく張られているラベルのことだ。上下逆さまにしてはいけない、という意味だが、よく考えてみると、なんとも分かりにくく、“無用”の混乱を招きかねない言葉だ。

    若い人たちの中には、「上も下も関係ない」、「逆さにしても構わない」と完全に逆の意味に解釈する向きもある。本来はどういう意味なのか疑問を抱く人が多いと見えて、インターネットの“教えてサイト”《注》でもずいぶん取り上げられている。

    この熟語、「天地」と「無用」の2語に分解できる。まず「天地」。天は上、地が下を意味するのは言わずもがな。次の「無用」という語については、たいていの辞書が語義を三つに分けて説明している。たとえば、『現代国語例解辞典』第4版(小学館)には、「1)役に立たないこと。取るに足りないこと。2)してはならないこと、必要でないことの意で、ある行為を禁止する語。3)用事がないこと。」とあり、「天地無用」は2)の用例として挙げられている。

     字面(じづら)だけから見れば「天地無用」は「上下禁止」となるわけだ。しかし、単に「上下禁止」だけでは、なんのことか分からない。下手をすれば、上と下はいけない、とか、上下させない(上げたり下げたしない)、という意味にも受け取られかねない。

    かと言って「天地」という語自体に「ひっくりかえす」、「天を地にする」という意味があるとは思えない。そのせいか、「天地無用」は「天地反転無用」とか「天地混同無用」とかの省略形ではないか、という説もある。それなら一応、筋は通るが、今度は新たな疑問が出てくる。逆さまにはしないが、横倒しにするのはいいのか、という点だ。

    現実には、「天地無用」は、上下逆転させるのはもちろん、横転させてもいけない、という意味で使われているケースがほとんどと思われる。にもかかわらず、私が目を通した国語辞典で「横転禁止」にまで触れたものは1種類もなかった。全13巻からなる小学館の『日本国語大辞典』にしても同様だ。「記述無用」ということではあるまい。残念ながら、先行の辞書を踏襲しがちな辞書編集の不備と言えよう。しかし、辞書がそこまで書かなくとも「心配無用」、常識的に考えれば分かることだ、と強弁されれば「あー、そうですか」と引き下がるほかない。


《注》「YAHOO!知恵袋」(http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/128339027)、「教えて!goo 」(http://oshiete1.goo.ne.jp/qa68943.html