草木も眠る「未明」 ? !
(第14号、通巻34号)
1週間前に発行したブログで気象用語としての「宵のうち」を扱ったばかりだが、たまたまきょう11日付け朝日新聞の「天声人語」でも、気象庁が「宵のうち」を「夜のはじめごろ」に替えるという話題を取り上げ、「いまひとつ趣を欠く」と嘆いている。ところで、前回のブログの末尾に、「次回も“時感”について考えてみたい」と書いたところ、“時感”とは面白い表現だ、というお褒めの言葉をいただいた。しかし、この言葉は残念ながら私が作ったものではない。シチズン時計会社が昨年の「時の記念日」(6月10日)を前に、「時間感覚」に関するアンケートをして発表した際、ホームページの見出しに用いた“造語”である。
全国のビジネスパーソン400人を対象にしたというこのアンケートの結果がなかなか面白い。「早朝」、「昼下がり」、「夜更かし」、「午前様」などの語は、具体的に何時頃を指すのか、人によって微妙に違う。
例えば「未明」という言葉。『明鏡国語辞典』(大修館)の語釈では、「まだ夜が明けきらないころ。明け方」となっているが、 “時感”は、同じ個人にとっても年代によって変わるものなのか。私自身の場合、若い頃は、午前1時前後から日の出前まで、と幅広くとらえていたような気がするが、中年過ぎからは、日の出の少し前ぐらいの時間帯、と辞書の定義に近いイメージを持つようになった。
シチズンのアンケートでは、「午前0時台から」という人もいれば、「午前4時30分くらいまで」と受け止める人もおり、“時感”はまちまちだが、回答の平均値は「午前1時20分過ぎから4時過ぎまで」という結果だったそうだ。偶然にも、先に挙げた気象用語の変更の中には、この「未明」も含まれている。こちらは「宵のうち」と逆のケースである。
なにが逆か。これまでは「午前3時頃まで」と即物的な言い方をしていた用語を、今後は「未明」と言い換えるというのだから、デジタル的な表現からアナログ的な表現に戻った感じがするのである。
時代小説などによく「草木も眠る丑三つ時」という表現が出てくる。「丑三つ時」は、辞書によると今の午前2時から2時半頃にあたる、というから「未明」の中に入るわけだが、「草木も眠る未明」というのでは様(さま)にならない。
英語には、この時間帯をぴったり表す言葉はないようだ。いくつかの和英辞典で「未明」を当たってみたが、日本語にすれば「夜明け前」にあたる英語《注2》しか載っていなかった。
ちなみに、気象庁では天気予報や警報に使う時間帯の呼び方を以下のように8種類に分け、カギ括弧内のように表記している。
・0時〜3時頃まで 「午前3時頃まで」(「未明」に変更)」
・3時頃〜日の出頃まで 「明け方」
・日の出頃〜9時頃まで 「朝の内」(「朝」に変更)」
・9時頃〜12時頃まで 「昼前」
・12時〜15時頃まで 「昼過ぎ」
・15時頃〜日没頃まで 「夕方」
・日没頃〜21時頃まで 「宵の内」(「夜のはじめ頃」に変更)
・21時頃〜24時頃まで 「夜遅く」
《注1》「未明」という語は、近代の言葉と思っていたが、小学館の『日本国語大辞典』には、室町時代の文例が紹介されている。
《注2》『ジーニアス和英辞典』、『英辞郎』、『カレッジライトハウス和英辞典』のいずれも、「未明」の訳語を“before dawn”としている。