「宵のうち」の“時間感覚”

(第13号、通巻33号)
    3月30日付け朝日新聞朝刊に、「気象庁が天気予報などに用いる予報用語から『宵のうち』が消える」という記事が載っていた。同紙によると、この用語は、午後6時から同9時を指す言葉として使われてきたが、一部でもっと遅い時間帯を表すものとして“誤って”理解されているため、今年秋ごろから「夜のはじめごろ」に切り替える予定だという。

    この記事を受けて、昨日4月3日付けの同紙の「声」欄に、31歳の女性から「英文の直訳のような表現に違和感を覚えるとともに、なぜ、分かりやすい表現ばかりを追求するのか疑問に感じた」という投書が寄せられた。

    まったく同感である。「夜のはじめごろ」なんていう、こなれない日本語にするとは、いかにも無粋(ぶすい)な発想だ。

    宵とは、大修館の『明鏡国語辞典』の定義によれば、「日が暮れて間もないころ。夜がまだそれほどふけていないころ」を意味する。『明鏡』は、この語釈に続いて「春の宵」と「宵の口」の二つの連語を示した後、参考情報として「古くは日没から夜中までの時間帯をいった」と注記している。

    「宵」と聞いてフランク永井のヒット曲『君恋し』(作詞 時雨音羽、作曲 佐々紅華)の1番の歌詞、

       宵闇せまれば 悩みは涯(はて)なし
       みだるる心に うつるは誰が影
       君恋し 唇あせねど
       涙はあふれて 今宵も更け行く

を思い出す人も多いに違いない。

    「宵闇」や「宵の明星」、「宵待草」などというロマンティックな言葉があるかと思えば、「宵っ張りの朝寝坊」とか「江戸っ子は宵越しの金は持たぬ」とかいう“いなせな”言い回しもある。後段の2語は、前夜から翌朝までのことだ。要は、意味にかなり幅があるのだ。しかも、情緒があり、粋な感じも備えている。

    「宵のうち」は「宵の口」と同義だが、あえて違いを言うとすれば、「宵の口」の方がほんの少しだけ早い時間、という感じがする。口という語には「物事の始め」、「入ったばかりの辺り」という意味があるからだ。
    時間に関する言葉は、人によって受け止め方が違う。季節によってもニュアンスは変わる。次回も“時感”について考えてみたい。