『武士の一分』余聞

(第8号、通巻28号)
    「武士の一分」。原作の小説は2回通読した後、参考個所を何度か拾い読みし、映画も2回観た。このブログに書く素材のディテールを確認するためだったが、同じ映画を数日もしないうちに続けて観たのは初めての体験。改めて感じたのは――映画は珠玉の短編小説を、ある時は俯瞰(ふかん)し、ある時は虫の目で見直して、立体的に再構築した名人芸の佳品だ、ということである。音楽の果たす役割の大きさを知ったのも収穫だった。ただ、言葉遣いで気になるところが二、三あった。

  その一つは「上司」という言葉。原作の『盲目剣谺返し』には、「加世が密会している相手は島村籐弥、新之丞の上司とわかったのである」〈注1〉とある。また、映画では、果たし合いに入る直前の“言葉の対決”の場面 で、島村が「卑怯者だと?上司に向かって何という口の利き方だ」と怒鳴るのに対して、新之丞が「おめえなんか上司でも侍でもねぇ」とやり返す。地の文であれ、セリフであれ、時代劇に「上司」という語が出てくるのは、しっくりこないのである。

  上司というと、会社や役所などの組織で自分より役職が上の人、自分が課長なら部長以上の人、部長なら局長とか役員、といったイメージが強く、現代風の用語だと頭から決め込んでいたせいもあるが、舞台が江戸時代なら、たとえば「上役」といった言葉のほうが合うのではあるまいか。

  ともかく、手元の古語辞典2,3冊に当たってみた。我が家の子どもたちが高校時代に使っていた古語辞典も調べてみた。どれにも、上司という単語そのものが収録されていなかった。やはり、と自分の直観の正しさに自信を深めつつも念のため、13巻からなる『日本国語大辞典』を開いた。

  そこには載っていた。1番目の語義として、「荘園領主に代わって、下司(げし)、公文などの下級荘官を指揮して年貢徴収などの仕事をした荘官」、2番目に「その官庁より上級の官庁または役職が自分より上位にある人」とあった。前者には鎌倉時代の文例が添えられ、後者には明治時代の法令が例文として挙げられていた。上司という言葉自体は昔からあったわけで、その点では私の直観は間違っていた。ただ、江戸時代に、上役の意で使われていたかどうかは定かではない。

  上記の1番目の語義の中に「下司(げし)」という語が出てくるが、原作にも違う意味で「下司」が使われている。毒見で失明した三村新之丞の家禄などの寛大な裁定について、島村が口添えした事実はない、と同僚の山崎兵太から知らされた直後、新之丞が内心を吐露する場面だ。

    山崎兵太が帰ったあとも、新之丞は凝然と縁に腰かけていた。暑かった空気が、やや冷えて来たのは、日が傾いたらしかった。――下司(げす)め!と思った。
   原文に「げす」とルビがふってある。「下司の勘繰り」〈注2〉などという「げす」だ。島村は上司どころか、品性が下劣な卑しい男、という新之丞の吐き捨てるような気持ちが感じられる。

   もう一つひっかかった言葉は「料理」だが、これは当方のとんだ思い込みだった。原作にも映画にも「徳平の手料理」などと登場する。これも今どきの言葉、と思って物知りの先輩2人に尋ねたところ言下に否定された。辞書をひもとくまでもなかった。確かに奈良時代の昔から使われている言葉だった。囲碁の用語を借用すれば「勝手読み」。自らの無知・無学を恥じ入り、また辞書を引き直す日々だ。


〈注1〉映画では島田籐弥、と苗字が変わっている。

〈注2〉この慣用語の時は、「下種」あるいは「下衆」と書いて「げす」と読ませるほうが普通のようだ。