「ドナウの真珠」「百塔の街」「北のローマ」…… 

(第299号、通巻319号)

    中欧の観光旅行から帰りましたので、約2週間ぶりにブログを再開します。横浜の自宅を留守の間にも、アクセス数100万pv.突破に対するお祝いのメールやコメントをいただきました。お褒めばかりでなく、私の使用辞書の選択について疑問視するご意見もありました。いずれもご愛読していただいた上での激励と受け止め、お礼申し上げます。

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    旅行中に京都大学山中伸弥教授のノーベル医学生理学賞受賞のビッグニュースを知った。難病の仕組み解明や再生医療の実現に向けて明るい道を開く世紀の快挙である。もう一つ、受賞が期待されていた作家の村上春樹氏のノーベル文学賞受賞は残念ながら見送られた。ノーベル賞には物理学賞など6部門があるが、なぜか数学部門はない。その代わり数学の研究分野での偉業に対しては「フィールズ賞」がある。授賞は4年に1度、40歳以下など資格が厳しく、ある意味ではノーベル賞よりも狭き門だが、一般にはそれほど知られていなので分かりやすく「数学のノーベル賞」とも呼ばれる。

    地名にも似たような形容の仕方がある。とくに観光名所には、愛称、美称の類が目立つ。今回の中欧の旅で訪れた所で例を挙げると、「ドナウの真珠」、あるいは「ドナウのバラ」「ドナウの女王」などと最高級の形容でたたえられる都市がある。ハンガリーの首都・ブダペストである。

    ドナウ川がブダ地区とペスト地区《注1》の間を貫流するブダペストは「真珠」「バラ」の褒め言葉に恥じないほど美しい街並みだ。中でも私が驚嘆したのは、標高235㍍のゲッレールトの丘から見た景観。川の左手にペスト、右手にブダの街並みを配した構図そのものが「自然の名画」である。

    「百塔の街」と称されるのはチェコの首都・プラハ。もともと、ヨーロッパの街は塔を抱く教会の建物が多いが、それにしてもプラハは街の要所や曲がりくねった小路に、ゴシック様式ルネサンス様式の建物が数多くある。あるガイドブックには「まるで中世の街にタイムスリップしたかのようだ。戦火を逃れた街はヨーロッパ随一の古都とも称される」とある《注2》

    岩塩で有名なオーストリアザルツブルクは、イタリアの影響を受けた中世の建物が多数残っているところから「北のローマ」と言われるそうだが、私には「ザルツブルク音楽祭」の街、という方がピンとくる。古くはモーツァルト、現代ではかの音楽の帝王・カラヤンの生地である。そこを訪れる音楽ファンは跡を絶たないが、個人的には郊外のハルシュタットの岩壁にへばりつくように建つ家々とその眼前に広がる湖の美しさが印象に残る。

    日本でも同様の形容法が少なくない。以前にも当ブログで扱った例で言うと、古い町並みが今も残る秋田の角館は「みちのくの小京都」と称される。志賀直哉武者小路実篤ら著名な文化人が住んだ千葉の我孫子はかつて「北の鎌倉」とも言われた。あるいは「北の湘南」(北海道の伊達地方)、「東洋のサンモリッツ(北海道のニセコスキー場)」などの例がある《注3》。   

    
《注1》 ブダペストの地名の語源については、様々な説があるが、現地のガイドの説明によれば、ブダは水、ペストはかまどの意、という。「ペスト」は黒死病を指すペストとは無関係、と何回も強調された。

《注2》 『わがまま歩きツアーズ6 中欧 ドイツ』(実業之日本社)。阪急交通社のガイド小冊子「ドイツ」によれば、今回の旅行先の一つ、ドイツのドレスデンも、かつてはサクセン王国の首都として「百塔の都」と称せられていたという。

《注3》 「言語郎」2010年4月21日号など。