「魂柱」のない内閣

(第238号、通巻258号)
    
    「たましい」に「はしら」、「魂柱」と書いて「こんちゅう」と読む。この言葉を知ったのは、7日に放映されたテレビ朝日の『題名のない音楽会』を通じてだ。司会はいつもの佐渡裕。今をときめく名指揮者の解説とゲストとのトークをまじえた演奏を聞きながら遅い朝食を取る。これが日曜日の朝の私の楽しみだ。
    
    7日のゲスト音楽家はバイオリニストの千住真理子と大谷康子。千住はかの有名なストラディバリウス、大谷はストラと並び称される伝説の名器・グァルネリウスを持って登場。2人が交互にいくつかのクラッシックのさわりを弾き、一般のバイオリンとの音色の違いを見せる、いや聞かせるという趣向だった。
    
    「こんちゅう」はバイオリンの構造の仕組みを説明する中で出てきた。が、「こんちゅう」と聞けば「昆虫」しか思い浮かばない。実際、『三省堂国語辞典』や『明鏡国語辞典』(大修館書店)などの小型辞典を引いても、『広辞苑』や『大辞林』など中型辞書を開いてみても、「こんちゅう」の項には「昆虫」の1語しか掲載されていない。「魂柱」がようやく見つかったのは、全14巻からなる最大の国語辞典『日本国語大辞典』第2版(小学館)だった。「バイオリンなどの弦楽器の胴の内部に固定された松材の柱。表板(響板)の振動を裏板に伝えるもの。響柱。アニマ」とある。
   
    弦楽器の演奏家らオーケストラの関係者にとっては、自明のことだろうが、「魂柱」とは楽器の中の表板と裏板をつなぐ円柱状の小さなパーツで、『バイオリンパレット 初心者コラム』《注》というウエブサイトの解説によれば、「弦から駒、駒から表板に伝わる振動を裏板へ効果的に伝える重要な役割を持つとされる。
    
    この魂柱は接着剤で固定されているわけでなく、弦の張力による駒の圧力によって表版と裏版の間に挟まっているだけなのだという。しかし、1ミリにも至らないほどほんのわずかズレただけで楽器の音色が変わると言われる。いわば、バイオリンの繊細なハート、心にあたる部分だ。

    英語では“sound post”というが、少々合理的すぎて味気ない。『日本国語大辞典』の語釈の最後にある「アニマ」とは、ストラディバリウスの故郷のイタリア語の“anima”のこと。「命、精神」を意味する。それを「魂柱」という味わい深い漢字2文字に移し替えた人は、すばらしい語感の持ち主だ。ある時は明るく華やかに、またある時は哀愁を帯びて、様々な音色を奏でるバイオリンにふさわしい和訳だ。
   
    そこでふと連想するのは、日本の政治だ。内閣をオーケストラにたとえれば、楽団員(大臣)は指揮者(首相)の棒を見ないばかかりか、自分の好きなように楽器を鳴らす。指揮者もまた楽団員の動きを見ようともせず、楽譜にない音を自分で勝手に出す。「魂柱」たるべき存在がないから共鳴しない。そこへもってきて、指揮台から降りたはずの前任者まで割り込んできてタクトを振ろうとする。あるいは舞台裏で別編成のオケを作ろうとする動きまである。不協和音は大きくなるばかりだ。

《注》 『バイオリンパレット』のURLは、http://www.violin-p.com/