「ご存じ」か「ご存知」か

(第192号、通巻212号)
    
    ひらがなで「じ」と書くか、漢字で「知」と書くか。今回の標題の場合、あなたはどちらを使うだろうか。おそらくほぼ半々に分かれるに違いない。
    
    「ごぞんじ」は、動詞「存ず(る)」から来ている。存ずる、とは「考える」「思う」や「知る」「承知する」「心得る」の意の謙譲語である。その動詞の連用形が名詞になって「存じ」になり、そこに敬意を表す接頭語「ご」が付いたものと考えられる。現在では「御存じ、ご存じ」と書くのが普通である。しかし、「知る」という意味に引かれて一般に「御存知」と書くこともかなり行われている《注1》。
    
    ほとんどの国語辞典や用字用語辞典の類は「御(ご)存じ」を正統扱いにしている。見出しに「御存知」を出している辞書でも「じ」の方を先に挙げており、「ご存知」は当て字としている場合が多い。以上が通説である。
    
    『明鏡国語辞典』(大修館書店)の編者たちが執筆している『続弾!問題な日本語』などは、「謙譲語の〈存じ〉に〈ご〉を冠して全体で尊敬語に転用したものであって、〈ご存じ〉が正しい」とキッパリ断定している。
   
     同書によれば、当て字の〈ご存知〉は「心得ている、という意味の〈存知〉(ぞんち・ぞんぢ)という語が中世から使われているので、それと混同したものともみられる」という。小学館の『現代国語例解辞典』もほぼ同じ立場から「〈御存知〉は同義の漢語〈存知〉」からの当て字か」と注をつけている。

    それに「知」という漢字はふつう「じ」とは読まない。『新潮日本語漢字辞典』を見ても「知」の読みは、「ち」と「し」だけである。例外は「下知(げじ)」ぐらいのものか《注2》。

    私自身も手紙やEメールに書くときは、「お名前は存じております」「光栄に存じます」などと用いており、いわば「じ」派に属する。あえて「じ」派と色分けしたのは、「知」派に固執する意見も昔からあり、根強いからだ。

    それというのも、「御存知」という表記は、最近になって出てきたものではないのである。一部のウエブサイトにテレビドラマの『御存知――』シリーズから広まったという説も散見されるが、江戸時代の文政年間に初演された歌舞伎狂言に『御存知鈴ケ森』という演目があるほか、キリシタン版の漢字字書『落葉集』(1598年刊行)にも載っているほどの古い用例があるのである。
    こうしてみると、「御存知」を一概に間違いとは決めつけられない。


《注1》 文化庁『言葉に関する問答集〈総集編〉』
《注2》 「下知」とは、指図すること、命令の意で、げち、とも言う。