「ひな祭り」と桃太郎 

(第165号、通巻185号)
    
    3月3日は「桃の節句」。私の家族にとっては「(ひな)祭り」を祝う日であると同時に特別の記念日でもあるのだが、なぜ「節句」というのか、これまで深く考えたことはなかった。単に桃の花が咲く時季《注1》といっしょだから、という程度の認識だった。が、それだけで「桃の節句」と言われるようになったわけではない、ということを最近初めて知った。
    
    桃の節句は、五節句の一つ《注2》。もともとは「上巳(じょうし)の節句」と言われた。「巳」は十二支の「巳(み)年」の「巳」。十干(じっかん)と組み合わせて月、日も表す《注3》。
    
    上巳とは、事典の定義風に言えば、「古代中国では旧暦3月の最初の巳の日を上巳といい、この日に川で穢(けが)れを浄め、邪気を祓(はら)う風習があった。それが日本に伝わり、平安時代から行われていた厄を人形に移して祓う風習や、貴族の女子が人形で遊ぶ雛遊び(ひいなあそび)が結び付いて雛祭りの原型となったとされる。雛人形を飾るようになったのは室町時代以降のこと」《注4》。
    
    「ひな」は、卵からかえったばかりの鳥・ひよこの意から小さく、かわいらしものを意味するようになった。ひな人形は、いうまでもなく小さくてかわいらしい人形のことだ。なぜ、かわいいひな人形をあえて川に流すのかと言うと、文字通り身代わりの役目だ。
    
    昔から季節の変わり目や物事の節目には、災いをもたらす邪気が入りやすいと信じられてきた。ひな祭りの原型となった流しびなは、人間の代わりに人形が水にけがれを流すわけである。一方、桃は、中国では古来魔を制し、邪気をはらう力を秘めた「仙木」だった。
    
    邪気の象徴は鬼とされる。桃と鬼といえば、昔話の桃太郎物語。牽強付会かもしれないが、神聖な力を宿す桃の実から生まれた桃太郎が鬼ガ島に住む災厄の元凶の鬼を退治する物語になったのだろう。
    
    桃はまた、花の美しさも女の子の祝いの節句を飾るのにふさわしい。しかも、発音の「もも」が「百」に通じるところから、「百歳(ももとせ)まで長生きできる」「百の病を除く」とも言われる。
    
    こうしてみると、ひな祭り=桃の節句は、女の子の健やかな成長と災厄よけを願うばかりでなく、同時に老若男女を問わず人々みんなの幸せを願う節目の日でもある、と言えよう。


《注1》 今年の3月3日は、旧暦で言えば1月18日にあたる。桃の花にはまだ早い。では、旧暦の3月3日は現行の新暦に直すといつかというと、今年の場合、4月16日になる。ちょうど桃が咲く頃だ。

《注2》 「上巳=3月3日」以外の節句は「人日(じんじつ=1月7日)」、「端午(5月5日)」、「七夕(7月7日)」、「重陽(ちょうよう=9月9日)」。このうち上巳は、3が重なることから重三(ちょうさん)とも言われる。『新明解国語辞典』第6版(三省堂)には、祭日に特別の食物を神に供えることから本来の用字としては「節供」と表記する、とある。

《注3》 『新潮日本語国語辞典』

《注4》 『平成ニッポン生活便利帳』、 ジャパンナレッジ (オンラインデータベース) 

《参考文献》 『桃太郎の誕生』(柳田国男著、角川文庫)、『年中行事図説』(柳田国男監修、民俗学研究所編、岩崎美術社)、『日本大百科全書』(小学館)、『日本国語大辞典』第2版(小学館