「一姫二太郎」とは

(第34号、通巻54号)
    前々回の8月15日号で「初孫」を取り上げた際、文末に「私には、娘の下に息子も2人いる」と付け加えたが、これをもって「一姫二太郎(いちひめにたろう)」というのは誤解だ。子どもの人数は女の子一人に男の子二人がよい、と解釈するのは間違いなのである。

    昨今は確かに「お嬢さん一人とお坊ちゃん二人とは、理想的な一姫二太郎じゃないですか」《注1》という人が少なからずいる。しかし、「一姫二太郎」は、男女の子の人数ではなく、“子ども二人目” までの生まれた順番を意味する。

    姫は、女の子の美称だが、太郎は、単に男の子を意味するのではなく、「長男の称。物事の一番初め」《注2》を指す。つまり、子を産み育てるには、長子は女の子で次に男の子が生まれるのがよい、という意味だ《注3》。昔から女児の方が男児より夜泣きが少なく病気にもなりにくい、といわれ、しかも早いうちから母親の手助けもしてくれるので、育児しやすいという先人の知恵から来た成句だろう。

    それなら外国にも同じような表現があるかもしれない、と思いつき、『新和英大辞典』(研究社)で調べてみたところ、“first a daughter, then a son(,traditionally the most auspicious order for the birth of children)”と説明的に翻訳していただけだったが、『ジーニアス和英辞典』(大修館)には、こんな例文が掲載されている。“Do they still say it's best to have a daughter first , and then a son ? ”(今でも一姫二太郎なんて世間では言いますか)。

    また、用例にも詳しい『日本国語大辞典』第2版(小学館)の「一姫二太郎」の項には、ユーモア作家にして英文学者だった佐々木邦の『珍太郎日記』の中から次のような興味深い一節が紹介されている。
   「其れでも『一姫二太郎』といふし、外国にも『幸運の者は初生児に娘を授かる―The lucky man has a daughter for his first-born』といふ諺のあるところを見ると」。
     上述の資料だけでは断定的には言えないが、英語には日本語の「一姫二太郎」ほど人口に膾炙(かいしゃ)していないにせよ、似たような発想があることはうかがえる。

     もっとも「一姫二太郎」は親から見て育てやすい、という由縁の他に、長男が家の跡を継ぐという日本の旧来の因習の中で最初の子は男児が期待されていて女児が誕生した場合の慰めに用いられた言葉、という説もある。

    
《注1》 『明鏡ことわざ成句使い方辞典』(北原保雄編、大修館)の“誤用例”から引用。

《注2》 『大辞林』第3版(三省堂

《注3》 「一姫二太郎」を男の子二人と解釈したら、長男が二人いることになってしまう。