「憲法順守」と掛けて「高根の花」と解く。その心は?

(第17号、通巻37号)
    今年の憲法記念日(5月3日)は、憲法施行60周年にあたる。施行後何年であれ、国の最高法規たる憲法は「遵守(じゅんしゅ)」しなければならない。憲法自体に、「憲法尊重擁護の義務」がうたわれており、それを受けて結ばれた条約・国際法規についても「これを誠実に遵守することを必要とする」(第98条第2項)とある。

    しかし、「じゅん」という部分の漢字が、新聞ではこのブログのタイトルと同じく「順」と表記されている《注1》。「遵」とどう違うのか。たいていの人は、「遵守」と書くのが正しく、「順守」とするのは代用か当て字であり、本来の字とは意味も違う、と思っているのではあるまいか。少なくとも私はそうだった。

    辞書を引いてみると、「じゅんしゅ」というひとくくりの項の下に「遵守」と「順守」が優劣なく併記され、その後に「法律、教えなどに従い、それをよく守ること」と語義《注2》が続いている。中には、『広辞苑』(岩波書店)や規範性の高いことで知られる『岩波国語辞典』のように、「順守」の方を最初に出している例さえある。

    実は、漢和辞典の名著『字通』(平凡社白川静著)では、なんと「遵」も「順」も、「したがう」というまったく同じ語義を1番目に挙げているのである。「順法闘争」とか、コンプライアンスの日本語訳の「法令順守」とかは、まさに「法に従う」の意で使われているわけだ。

    そう言えば、60歳の異称を「耳順」(じじゅん)という《注3》。「他人の言うことに逆らわず、すなおに耳を傾ける」というほどの意味合いだ。60歳になった日本国憲法も、周りのさまざまな声を耳にして自分の誕生の経緯とその意義を改めて考えているに違いない。

    憲法とも、60歳とも、およそ縁のない「高根の花」をタイトルに並べたのは、代用漢字という共通点があるからだ。この熟語、普通は「高嶺の花」と書くのが正式だが、やはり新聞では「嶺」を「根」という字に置きかえている。一方は山の峰を指し、もう一方は地中に張る根。高と低では意味がまったく正反対だが、『明鏡国語辞典』(大修館)によれば、「嶺(ね)」は「みね」(御根)の意で、「根」と本来同語源とされる、というのだから驚く。代用表記の漢字には故(ゆえ)があったわけで、“根も葉もない”ことではなかったのである。 


《注1》文春新書『新聞と現代日本語』(金武伸弥著)

《注2》『明鏡国語辞典

《注3》『論語』の[子曰はく、吾十有五にして学に志し、三十にして立つ。四十にして惑はず、五十にして天命を知り、六十にして耳順ふ。七十にして心の欲する所に従へども矩を踰えず]の「耳順ふ」から。