返信メールの“Re”の意味と由来

(第189号、通巻209号)
    Eメールを受け取った後、発信者に返事を出そうとパソコンのメールソフトの「返信」ボタンをクリックする。画面の宛先欄に相手のアドレスが打ち込まれており、「件名」の欄には相手が書いてきた用件の冒頭に“Re:”が自動的に付記される。“Re:”は返信であることを示す接頭辞、言わば目印になっている。
    日ごろ何気なく使っている “Re:”について、多くの人は英語の“reply”(返信)か“response”(応答、返答)あるいは“return”(返却)の略、と漠然と思っているに違いない。私自身、数年前までなんの疑いもなくそう解釈していた。ところが、実際には“reply”にしろ“response”にしろ“Re:”の語源としては俗説のようだ。
    では、本当の語源はなにか。いくつかのウエブサイトやパソコン関係の本、辞書にあたってみたところでは、二つの説に帰結する。まず一つは英語の“regarding”説だ。『プログレッシブ英和中辞典』(小学館)では、「前置詞。…に関して、…について(with regard to)」と語釈を示した後、「主に商業文で用いる。Regarding your recent inquiry(先日のご照会の件に関しまして)」と例文を載せている。つまり、“regarding”の頭の2文字から取ったというわけだ。そう言えば、学生時代、貿易英語(コレポン)の授業で習った覚えがかすかにある。
    もう一つの語源説はラテン語由来である。『インターネット用語 語源で納得!』(ナツメ社、藤田英時著)は、「『ReはReply(返事)の略』と説明している本や雑誌がほとんどだが、それは大きな間違い」とバッサリ切り、「Reとは、ラテン語からきた言葉で『〜について、〜に関して』の意味」とし、日本語の…の件」に近く、法律やビジネスなどの文書によく使われる、と述べている。
    ラテン語の入門書をひもとくと、reは、女性名詞resの変化形《注1》であることがわかる。たまたま昨年買い求めた「羅和辞典」(研究社)のresの項には「物事、(弁論・著述の)題材、主題」とある。西欧語の言葉の源をたどっていくと、行き着く先はたいていラテン語(またはギリシャ語)なので、念のため研究社の『リーダーズ英和辞典』でreを引いてみたら、意味は「に関して」、語源はやはり「ラテン語のres」とあった。
    ちなみに、Eメールの標準規約を定めた「インターネットメッセージフォーマット」RFC2822の「情報フィールド」の項には「“Subject”はもっとも一般的なフィールドで、メッセージの見出しを表す短い文字列を含む。返信におけるこのフィールドの内容は“Re:”(ラテン語の“res”に由来)の後に元のメッセージの内容を続けてよい」と明記されている《注2》。
    フランス語、スペイン語などロマンス語(ラテン)系の言語だけでなく、ゲルマン系の英語に関しても、ラテン語とは遠い先祖時代につながりがあるのである。
    以上、これまで述べてきた内容は、私が“WEBトリビア博士”にメールで問い合わせたことに対する回答と想像していただきたい。“博士”からの返信メールは、件名欄の冒頭に“Re:”の目印が付けられていたことは言うまでもない。


《注1》 ラテン語の名詞には、主格、属格、与格など5種類の格変化がある(厳密には7種類)。reは起点・分離・手段を示す奪格にあたる。
《注2》 この個所の原文は、When used in a reply, the field body MAY start with thestring "Re: " (from the Latin "res", in the matter of) followed by the contents of the "Subject:" field body of the original message.(http://srgia.com/docs/rfc2822j.html