「続柄」は「重箱読み」か「湯桶読み」か、それとも……

(第105号、通巻125号)
    1月も7日を過ぎれば、正月気分はとうに消え、普段の生活に戻っているだろうが、三が日はおせち料理でくつろいだ人も多かったことだろう。おせち料理といえば、お重。めでたいことを重ねるという願いを込めて重箱に数の子や伊達巻き、きんとんなどを詰めるならわしだ。地域や家庭によってやり方は様々だが、「言語楼」で取り上げるのは「重箱」の中身でなく読み方である。
    「重箱」の「ジュウばこ」のように2語以上の熟語で、最初の語を音読みし《注1》、次を訓読みする、つまり音+訓の順で読む読み方を「重箱読み」と言う。
    円高、賃上げ、残高、帳尻、台所、献立て、雑煮、額縁、図柄、本屋、などがそうだ。中には、金星のように「キンぼし」と重箱読みもできれば、「キンセイ」と音読みだけにすると意味が異なる言葉や、‘工場’のように「コウば」と重箱読みしても、「コウジョウ」と音+音の読みをしても意味が大きく変わらない言葉もある。
    重箱読みの反対を「湯桶(ゆトウ)読み」と呼ぶ。「湯桶」の「湯」を「ゆ」と言うのは訓、「桶」は訓読みなら「おけ」だが、「トウ」と発音すれば音読みとなる。このように2語以上の熟語を訓+音の順で読む読み方が湯桶読みだ。
    相棒、遅番、手帳、組曲、返り点、合図、雨具、荷物、見本、消し印、などがそうだ。
    『漢字の常識・非常識』(講談社現代新書、加納喜光著)によれば、「漢語は原則として音読みと決まっている。が、疑似漢語は重箱読みあり、湯桶読みありでややこしい」というのだが、‘草原’のように「くさはら」と訓読みしても「そうげん」と音読みしてもニュアンスの違いがあるだけで通じる言葉もある。その点では、上述の工場と同じだ。重箱読みにしろ、湯桶読みにしろ、読み方がすっかり定着した熟語はともかく、いまだ揺れ動いているケースも多い。
    役所に出す書類に本人との親族関係などを示す‘続柄’という欄がある。この2文字をなんと読むか。ある人は「ぞくがら」といい、またある人は「つづきがら」という。ふつう、役所の窓口ではどちらの言い方でも通じるが、元々は「つづきがら」と訓+訓の読みで一貫するのが正しい。辞書もその立場をとっているが、といって「ぞくがら」を認知していないわけではない。『広辞苑』第6版(岩波書店)をはじめとして『大辞林』第3版(三省堂)や『明鏡国語辞典』(大修館書店)、『三省堂国語辞典』第6版など)などほとんどの国語辞典が“空見出し”《注2》の形で出している。     
    両用の読み方があって使用頻度の高い言葉に‘代替’がある。正統的には「だいたい」と音読みをするのが普通だが、「ダイがえ」と重箱読みしても意味が通じるので、辞書も「続柄」と同じような扱いをしているようだ。重箱の隅を楊枝(ようじ)でほじくるのだけが能ではない。


《注1》 昨年12月に出版されたばかりの『漢和辞典に訊け!』(ちくま新書円満字二郎著)によると、「音読み」とは漢字の中国語としての発音が日本風になまった読み方。また、「訓読み」とは、ある漢字の持つ意味を日本語(やまと言葉)に翻訳した言葉をいう。山(やま)、川(かわ)のように耳で聞いてすぐ分かる言葉は多くが訓読みである(「さん」、「せん」ではすぐには「山」、「川」の漢字が浮かばない)と、どこかで聞いた覚えがある。
《注2》 見出しだけ載せて語義は記述せず、「つづきがら、の項を見よ」のように示す表記法を「空見出し」という。『現代国語例解辞典』第4版(小学館)は、「つづきがら」の項に「近年、俗に‘ぞくがら’とも言う」と注記した上で「ぞくがら」の空見出しを立てている。しかし、『新明解国語辞典』第6版(三省堂)は、「つづきがら」しか見出しに出していない。
《参考図書》 『日本語百科大事典』(大修館書店)、東洋文庫『漢字の世界1』(平凡社白川静著)、講談社現代新書『漢字の知恵』(遠藤哲夫著)、文春文庫『漢字と日本人』(高島俊男著)、『字通』(平凡社