「意外に」と「意外と」に違いはあるのか――辞書の個性

(第73号、通巻93号)
    ちょうど1週間前、学生時代に非常に親しかった友人と30数年ぶりに再会する機会があった。つもる話に花が咲き、談たまたま最近の子どもたちの国語力低下に及んだ時、興味をそそられる問題を出された。「意外」という語の用法についてだ。自分は、たとえば「意外に面白い」と言っているが、「意外と面白い」と言う人の方が多い。「に」と「と」ではどちらが正しいのか、あるいはどう違うのか、との質問である。
    その友人は長年、教壇に立ち、中学校の校長も務めた根っからの教育者。社会科が専門だが、今は北海道のある町の教育長の要職にある。しかも、20巻からなる小学館日本国語大辞典』の第1版《注》を持っているほどなのだから、言葉への興味・関心の度合いも一般の人よりはるかに深い。問われたその時は「『意外と〜だ』という表現は口語的というか、軽い言い方のように思えるが、後で調べてブログに書いてみる」と返事した。
    その答えが、今回のブログである。結論から先に言うと、「意外に」は文章体、「意外と」は会話体で主に使われる。どちらも同じ意味であり、語法としては間違いではない。が、しいて言えば、「意外に」の方が正統的である。
    実際のところ、ほとんどの辞書は、少し前まで両者をあまり区別していなかったようだ。『岩波国語辞典』の第3版では、「意外」の見出しについては形容動詞の語幹の意味でしか扱っておらず、用例も「意外な出来事」だけだった。『広辞苑』第4版も同様だった。1998年発行の第5版から「意外にかさばる」「意外と難しい」の用例を挙げたが、「に」と「と」の違いにはなにも言及していないのである。仮に触れたとしても「現在では『意外に』と同様、『意外と知られていない事実』のように『意外と』の形も用いられる」(小学館大辞泉』)という程度であっさりしたもの。あの『新明解国語辞典』(三省堂)ですら第3版では大同小異だった。
    しかし、辞書は進歩する。『新明解国語辞典』も第6版になるとガラリと説明を変え、「口頭語では『意外に』を『意外と』とも言う」とした。私が職場で愛用している『現代国語例解辞典』第4版(小学館)は「俗に、副詞的に『意外と』の形でも用いられる」と説明し、「「私って意外とよく食べるの」との例文を添えている。私の語感にマッチした用例文だ。
    語法的な面でもっとも得心した説明は、おなじみの『明鏡国語辞典』(大修館書店)だ。「近年『意外と』の形が多くなってきたが、やや崩れた語感がある」と語法欄で述べている。辞書としてはあまり見かけない表現ではあるが、編纂者の鋭敏な語感を示す文字通りの実例だ。
    ちなみに、『日本国語大辞典』第2版には、「現代では、俗に『意外と』の形で副詞的にも用いる」と注をつけているものの、同じ副詞用法のはずの「意外に」の形については記述がないのは意外だ。


《注》 今回も含め、私がこのブログでしばしば引用しているのは全14巻の第2版の方である。